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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)2758号 判決 1986年12月24日

原告

石塚久

右訴訟代理人弁護士

加藤博史

被告

那芳郎

主文

一  被告は原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和六一年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三一二万二一七八円及びこれに対する昭和六一年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき、仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、昭和五七年四月一〇日弁護士である原告に対し、左記事項の事務処理を委任し、原告はこれを受任した。

(一) 被告が賃借していた別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)の再利用のため、右土地上の被告所有にかかる別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)の賃借人・訴外薛緞及び同山田伊之吉に対する明渡交渉及び明渡契約締結、さらに場合によつては民事調停手続の遂行

(二) 本件土地の所有者である訴外鈴木金治に対する建築承諾の取得交渉及び借地条件変更契約締結等

2  被告は、右委任契約に際し、原告に対し、手数料・報酬については日本弁護士連合会報酬等基準によつて算定した額によることを約し、原告は被告から着手金として金五〇万円を受領した。

3  原告は、右受任に基づいて、次のとおりその事務を処理した。

(一) 原告は、本件建物の賃借人らと明渡交渉をし、昭和五九年一月一一日山田伊之吉との間で、被告が同人に金三五〇万円を支払うことを条件として同人が昭和五九年四月一日限り本件建物中の同人の占有部分を明渡す旨の契約を締結し、同人は右約定どおり明渡しをした。

(二) また、原告は、薛緞に対し明渡交渉を重ねたが、同人の態度が強硬だつたため、訴訟外の交渉による解決を断念し、被告の依頼に基づき、昭和五九年一〇月二五日渋谷簡易裁判所に建物明渡調停の申立をした(同裁判所昭和五九年(ユ)第一八四号)。そして昭和六〇年一月以降同年一〇月まで調停期日を重ね、成立に向けて尽力した結果、同人は同年一〇月二一日、被告が薛緞に対し仮住居の賃借費用を負担すること等を条件として同年一一月二〇日限り本件建物中の同人の占有部分を明渡す旨の調停が成立し、同人は右約定どおり明渡義務を履行した。

(三) 右調停成立に引続き、原告は、本件土地の所有者鈴木金治に対し借地条件変更及び建築承諾取得の交渉をし、その結果同人は、昭和六〇年一一月二二日借地条件変更の契約を締結し、かつ建築承諾に応ずるに至つた。

4  以上のとおり、原告は被告の委任に基づく各事務を完全に履行し、前記基準により、少なくとも金三一二万二一七八円の報酬請求権を取得した。右金額の計算根拠は次のとおりである。

(一) 借家人薛緞及び山田伊之吉との交渉による報酬額

借家人の整理により借地権の再利用を可能にした利益(A)を基準とし、Aの額は、建物の価額プラス借地権の価額の二分の一の算式による。そして、

① 建物の価額は、一棟三〇万円として二棟分六〇万円

② 更地価額は、坪当たり一五〇万円、面積は83.2438坪

③ 借地権価額は、更地価額の七〇%

として、Aの数値を算出すると、次の算式により、四四三〇万二九九五円となる。

600,000+1,500,000×83.2438×0.7÷2=44,302,995

このAの金額に対応する日本弁護士連合会報酬等基準による報酬額(B)は、金二五六万〇一四九円である。

(二) 土地所有者鈴木金治との交渉による報酬額

基礎報酬額五万円に前項のBの金額の二〇%を加算した額を基準とする。そうすると報酬額(C)は、次の算式のとおり金五六万二〇二九円となる。

50,000+2560149×0.2=562,029

(三) 全体の報酬額

右に算出したBとCの金額の合計額であつて、金三一二万二一七八円となる。

よつて、原告は、委任による報酬請求権に基づき、被告に対し金三一二万二一七八円及びこれに対する昭和六一年三月八日(支払命令送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。ただし、請求原因1(二)の事項を委任したのは、昭和六〇年七月ころであり、被告が鈴木金治から賃借していた本件土地の面積は、約八三坪余である。

2  同2の事実中、被告が着手金五〇万円を支払つたことは認めるが、その余は否認する。

3  同3の事実は認める。ただし被告は、原告が薛緞及び山田伊之吉を半年以内に明渡すこと及び右明渡しにつき被告が支出できる金額は一〇〇〇万円を限度とすることを条件として委任したものであるが、原告のした事務処理は、右委任の趣旨に沿つたものではない。

4  同4の事実は否認し、主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実は、本件土地の所有者鈴木金治に対する借地条件変更契約締結の交渉等を委任した時期の点及び本件土地の面積の点を除き、当事者間に争いがない。そして<証拠>によると、被告の原告に対する当初の委任事項は、さしあたつて「本件建物の居住者薛緞及び山田伊之吉との間で明渡交渉をし、必要な契約を締結する件」とされてていたのであつて、本件土地の所有者鈴木金治との間で借地条件変更の交渉及び契約締結等を委任したのは、後記のとおり、山田伊之吉が建物を明渡し、薛緞との調停が進展して時期であつたこと、被告が鈴木金治から賃借していた土地は、別紙物件目録(一)の土地の一部であつて、その面積は83.2438坪(約275.179平方メートル)であつたことが認められ、この認定に反する証拠はない(なお、以下においては、右の土地を「本件土地」という。)。

二原告は、委任契約に際し、被告が日本弁護士連合会報酬等基準によつて算定した額の手数料・報酬を原告に支払うことを約した旨主張するところ、このような明示の合意がなされたことを認めるに足りる的確な証拠はない。しかしながら、被告は弁護士である原告に一定の事務処理を委任したのであり、原告に対し着手金として金五〇万円を支払つたことは当事者間に争いがないのであるから、これらの事実によれば、被告は原告に対し、相当額の報酬を支払うことを黙示的に約したものと認めるのが相当である。そして、この場合の報酬額は、依頼事件の難易、受任者の払つた労力の程度、成果、事務処理の期間その他諸般の状況を総合考慮して定めるべきものである。

三しかるところ、原告が受任した事務を請求原因3記載のとおり処理したこと自体は当事者間に争いがないのであるから、原告が被告に対し報酬請求権を有することは明らかである。そこで次に、その額について考えるに、右当事者間に争いがない請求原因3の事実に<証拠>を合せると、次の事実が認められる。

1  被告は、昭和五七年三月に訴外積水ハウス株式会社が行つた建築説明会の席上で、同会社の職員関根敏章に対し、借地上の建物の建替えを相談したことから、同年四月同人を介して原告に紹介され、前記のとおり、さしあたつて本件土地上にあつた被告所有にかかる本件建物の居住者薛緞及び山田伊之吉との間で明渡交渉をし、必要な契約を締結する件を委任した。

2  原告としては、被告に借家法所定の正当事由があるとはいえないとの判断から、建物明渡しを裁判上請求しても無理と考え、裁判外で交渉して明渡してもらうとの方針を被告に伝え、なお、以前に不動産業者が入つて交渉したが失敗した経緯があり、ある程度の難航が予想されたので、そのことも伝えたうえで、受任した。

3  原告は、昭和五七年四月下旬薛緞及び山田伊之吉に対し、文書をもつて連絡し、そのころから直接両名に面談して交渉を行つたが、はかばかしい進展は見られなかつた。ところが昭和五八年に入り、山田伊之吉の方から、薛緞とは事情が違うので、別交渉にしてほしいとの要望があつたので、原告は、薛緞と切り離し、山田伊之吉との間で交渉を進めたところ、同人から明渡料として五〇〇万円を出してほしいとの要求があつた。

4  これに対し、被告は、当初から前記関根敏章に対し、予算は一〇〇〇万円位と言つており、原告に対しても総枠一〇〇〇万円でやつてもらいたいとの考えを示したところから、原告もこの意向に沿つて折衝し、結局、明渡料を三五〇万円とし、山田伊之吉は本件建物中の同人の占有部分を昭和五九年四月一日限り明渡すとの合意を取りつけ、同年一月一一日調印の運びとなつた。

5  他方、薛緞は、内縁の夫が近く定年退職になり、家族四人ともども行く当てもないから明渡しはできない、との回答に終始し、もし明渡すのなら、明渡料一五〇〇万円を出してくれとの法外な要求をし、交渉は完全に行詰まつた。そこで原告は、裁判外での交渉を断念し、被告の依頼に基づき、代理人として昭和五九年一〇月二五日、渋谷簡易裁判所に薛緞を相手方とする建物明渡しの調停申立をした(同裁判所昭和五九年(ユ)第一八四号)。右調停は、約一〇回の期日が重ねられたが、途中から、被告本人が、本件土地の上にアパートを建て、その一区画に薛緞を入居させるとの案を示し、薛緞もこの案を受け入れたため、その後は、その場合の条件をどのようにするかの調整が行われ、原告もその成立に向けて尽力した。その結果昭和六〇年一〇月二一日、被告が薛緞に対し仮住居を確保し、その敷金・権利金を四四万円の限度で、また従前の賃料と仮住居の賃料との差額を月額七万五〇〇〇円の限度で被告が負担すること等を条件として、薛緞が同年一一月二〇日限り本件建物中の同人の占有部分を明渡す旨の調停が成立した。そして原告は、同年一〇月二五日に締結された仮住居の賃貸借契約にも被告を代理して立会い、薛緞は右約定どおり仮住居に移転した。

6  右調停の進行中に、被告は原告に対し、本件土地の所有者鈴木金治との間で借地条件変更契約等の交渉及び契約締結を委任した。ところが、本件土地の賃貸借はすでに昭和五七年八月末日で二〇年の期間が満了していたため、原告は、鈴木金治から契約の更新とアパートを新築することの承諾を得られるよう同人との間で交渉を行い、その結果、賃貸借の更新料八〇万円、アパート新築の承諾料四二〇万円の合計五〇〇万円を被告が支払うことを条件に鈴木金治の承諾を取りつけ、昭和六〇年一一月調印にこぎつけた。

7  このようにして、被告は、昭和六〇年一一月ころには、本件建物全部の明渡しを受け、かつこれを取り壊してその跡にアパートを新築することが可能となつたのであつて、その後被告は、積水ハウス株式会社の施工によつてアパートを新築し、昭和六一年三月下旬にはその引渡しを受けた。

8  昭和五七年から同六〇年にかけての本件土地の更地価額について、前記関根敏章は、坪当たり一五〇万円の評価額を出しており、原告も地主との折衝にはこの金額を基準として行つた。そこで試みに、この金額を基準とし、借地権の価額割合を更地価額の七〇%として、本件土地の価額を算出すると、約八七四〇万円となる。そして弁護士がこの金額の経済的利益のある訴訟事件を受任したと仮定して、日本弁護士連合会報酬等基準に当てはめて、その報酬額を算出すると金四三四万一〇〇〇円となり、また同基準によると、裁判外の和解交渉の場合は、訴訟事件の額を準用し、その三分の二に減額することができるとされている。

以上のとおり認められ、この認定を左右する証拠はない。

被告は、原告が薛緞及び山田伊之吉を半年以内に明渡すことを条件として委任したと主張するが、右の経過からも明らかなとおり、被告が当初原告に委任した事項は、半年以内にその処理できる程度の軽微な案件とはいえず、<証拠>に照らしても右主張は到底採用できない。また、被告は、支出できる限度を一〇〇〇万円として委任した旨主張するところ、右に認定した事実によれば、薛緞については当初の委任の趣旨とは異なつた解決方法となつたものの、それは被告の了解済みのことであり、金額については被告の示した金額の範囲内で解決できたのであつて、被告としては、本件土地の借地権を更新したうえ、アパートを新築することができたのであるから、やや時間がかかつたとはいえ、ほぼ満足すべき成果を得たものというべきである。

以上の事実に基づいて考えるに、被告の原告に対する委任は、当初建物居住者二名に対する建物の明渡しであつたが、その趣旨は、明渡した建物を被告が利用するというのではなく、その敷地である賃借土地の再利用にあつたのであるから、被告が委任事務処理の結果として得た利益を考えるに当たつては、建物の価額を基準とすることは相当でなく、原告の行つた事務処理の成果として、被告が借地を更地として再利用することができるようになつたことを全体として考察し、本件土地の賃借権の価額を基準とするのが相当である。そしてこの額に日本弁護士連合会報酬等基準を当てはめて得た報酬額が右のとおり算出できること、右認定のとおり事案解決のため原告が払つた労力及び事務処理の期間とその成果、その他諸般の事情を総合勘案し、被告が原告に支払うべき報酬額は、金三〇〇万円をもつて相当と認める。

四以上示したとおりであるから、原告の本訴請求は、報酬金三〇〇万円とこれに対する支払命令が被告に送達された日の翌日であることの明らかな昭和六一年三月八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において認容するが、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条但書を、仮執行宣言について同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官原健三郎)

別紙物件目録

(一) 土地

東京都世田谷区奥沢一丁目三三番二

宅地 1137.52平方メートル

(二) 建物

東京都世田谷区奥沢一丁目三三番地

家屋番号 四八四番二

木造瓦葺平家建居宅

床面積 55.37平方メートル

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